【本宮映画劇場】何としても敵の侵略から守りぬかなければ!命をかけて守る価値のある最古の劇場とは!?


大内宿で美味しくそばを頂いたオトナ遠足の面々は、そこから結構離れた福島県本宮市へ移動した。

次の目的地は【本宮映画劇場】である。





まずはどんなものか見てみよう

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眠たい目を擦りながらバスを降りた僕たちだったが、その歴史ある外観を目の当たりにした瞬間、眠気は塵となってどっかに飛んで行ってしまった。








なんだこの古き良き建物は!!!

ゲームだったら絶対重要イベントが待ってる建物だ。入る前にセーブしとかないと後に戻れなくなる建物だ!




ふつくしい…





この壁の剥がれ具合とかから漂う感じ…








本宮映画劇場とは?

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本宮映画劇場が建てられたのは大正3年。

1914年に建てられた築100年以上のスーパーモンスター物件。

開館当初は、小芝居や集会所として、みんなの憩いの場として利用されていたそうだが、そのうちスクリーンを常設し映画館になったんだそうだ。

東日本大震災にも耐えたのだから、当時の建築技術が凄かったのだとうかがえる。




コンクリートと木造のハイブリッド建築物。






入り口には創立102年目の看板と、謎の外人。













中に入ってみよう

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中には昔の映画のポスターが所狭しと飾られていた。






なんちゅー名前だw








初代ゴジラのポスター!!これ、かなり価値があると思うのだが、簡単に盗られそうな位置に飾ってあった。




館主が出迎えてくれた!

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館主の田村修司さん。今年で79歳で、まだまだ超元気!

このガトリングガンみたいなものが1957年製のカーボン映写機だ!






大正3年、地元の有志たち33人によりこの映画館は生まれます。

この映画館を経営していたのが田村さんのお父さんでした。

田村さんが成人した頃にそのお父さんが急遽亡くなってしまい、そこからあっという間に田村さんは齢20にして、本宮映画劇場の館主を継ぐ形で就任します。







当時の本宮映画劇場の写真。3階までお客さんでいっぱいだ!



しかし時代は戦後を迎えると、テレビの普及や大衆娯楽の変化により映画館に訪れる客が次第に減少。

昭和38年に本宮映画劇場もその煽りを受け休館を余儀なくされてしまいます。

田村さんは映画館を閉め別の仕事に就くも、定年になったらまた映画館を再開しようと考え、週末に劇場に行っては1人でひっそりと映写機のメンテナンスや場内清掃を続けていたそうです。もちろん、電気代も払い続けたと仰っていました。

しかし、映画館は結局表舞台に復活する事も無く、田村さんはもう辞めようと考えます。

そこに、田村さんの知人が「辞める前に一度上映会をしてくれよ」と持ちかけます。



最後なので快諾した田村さんは上映会をセッティングします。

本来この上映会はひっそりと行われるはずだったが、噂が噂を呼び、すごい大人数が押し寄せると共に、マスコミにも取り上げられ、瞬く間に有名になるのでした。

これが平成20年、45年ぶりに本宮映画劇場は再び脚光をあびるのでした。






これを見る限り、田村さんの知人が声をかけていなかったら、今頃取り壊されていたのかもしれない。

人生何があるかわからないというのは、あながち間違いでないのかもしれない。

田村さんの知人、まじグッジョブ!








中を探検しよう

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これが歴史ある劇場。
床は土で、中はひんやりとしている。

昔の建物は冷え性には拷問に近い。





天井はガスコンロのようだ。

東日本大震災にも耐えた天井である。






昔の俳優や、当時の映画のポスターがたくさん貼られている。

椅子はよく塾にあるようなタイプ。

昔は畳だったのを、椅子に変えたんだそうだ。









セックス喜劇 鼻血ブー

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AVのタイトル並みにヒドイが、味がある。


極道女子高生

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どう見ても30代の女子高生。しかし普通に抱ける。


名 器

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ひねりもくそもない「名器」。直球ど真ん中である。しかしこの響きだけで抜ける。



あの穴 この穴

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うおああああ!びゅるるるる!









当時はこのようなピンク映画が大衆娯楽だったようだ。

古き良き時代とは、名実ともに素晴らしい事が今ことで実証された。








田村さんに映写機の説明をしてもらった

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この秘密基地のような所が映写室だ。





ローヤルL型カーボン映写機(1957年製)

ヘイルシーザーのガトリングのように見えなくもない。








1957年製の代物が今だに動くとは驚きを隠せずにはいられない。


車検ごとに車を買い替える人は見習った方が良い。







現存するカーボン映写機の中でも、状態の良い物は非常に珍しく、これも田村さんが日頃のメンテナンスを常に怠らなかったお陰である。脱帽だ。


もちろん説明書なんて残っていないので、これを動かせるのは世界で田村さんだけかもしれない。

これは若い層がコボルを使えないプログラム業界の問題と同じだ。





当時の映画

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長い作品を田村さんが切った張ったし、楽しめる部分だけを繋ぎ合せてくれたようで、ストーリー性は皆無であった。
若い男女がバイクの上でセックスする謎の映画だった。とうの昔の青春って、変わってるんだなぁ。
ちなみに上映中は撮影NG。





フィルムの巻き戻し方

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田村さんは再生済みフィルムを目の前の観覧車のような物にはめ込みます。



ウイーンという音と共に全自動で再生済みフィルムは巻き戻されていきます。

この時指を突っ込むと吹っ飛ぶので注意。






このぶらさがってるのが昔の貴重なフィルム。

けっこう雑に保管されてた。








1つ1つがとても味のある貴重なものばかりだ。
どうかパクられないことを切に願う。





ここは本当に素晴らしい場所だった。

田村さんの自信有り気な説明は、とてもカッコよく、本当に脱帽である。

とても貴重な物を観せてもらった。

若い頃の八代亜紀や、百恵ちゃん、研ナオコなども映像の中でとても生き生きしていた。

当時の若い男子は研ナオコにお世話になったのかと思うと同時に悲しみも押し寄せてきた。

ここは近いうちに、また再訪したい。






【基本情報】

  • 場所:福島県本宮市本宮字中條
  • 駐車場:周辺施設をご利用ください
  • TEL:042-333-1019
  • 営業時間:外観の見学は自由。内部の見学は要予約。
  • 定休日:不定休
  • おざわ隊長の感想:★★★★★「はよ世界遺産にしぃや」



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